スペシャルインタビュー
~今村圭佑さん~
富山市出身のカメラマン・撮影監督の今村圭佑さんは、あいみょんや米津玄師ら一流アーティストのMV(ミュージックビデオ)、
菅田将暉主演の映画「百花」など話題作を多数手掛けてきた。
圧倒的な画を生み出すクリエーターとしての原点と、20代前半から映像業界の最前線で活躍するまでの歩みをたどった。
嘘を現実にする。謎の使命感に駆り立てられた
Q やっぱり高校時代から映像や写真が好きだったのですか。
よく聞かれるんですが、興味はありませんでした。
芸術をたしなむような家族もいないし、アートは身近ではありませんでした。
映画はファボーレで有名な作品を見るくらいで、むしろ他の人より見る回数は少なかった。
ただ体育祭や文化祭など、みんなで一緒にやるイベントには積極的に参加するタイプでした。
Q そんな高校生がなぜ日本大学芸術学部の映画学科に進んだのでしょうか。
やりたいことも特になく、勉強も全然好きじゃありませんでした。漠然と「東京に行きたい」と思ってるくらい。
でも高校3年生の夏、ミニシアターのフォルツァ総曲輪で「好きだ、」という映画をたまたま見たんです。
観客は僕1人だけだったけど、何か感じるものがありました。
ちょうどその頃に自分のやりたいことを作文に書く課題があって、特になかったのに「映画を作りたい」と書いたんですよ。
まぁうそですよね。
でも本当にしなくちゃと思い、インターネットで「映画日本大学」と調べたら日本大学芸術学部の映画学科にたどり着きました。
作文の内容を現実にするためだけに志望校を決めました。
日芸の偏差値は60くらいあるのに僕は38しかなかった。でもいざ受験勉強を始めると、めちゃくちゃ楽しかったです。
それまで全くしていなかったのでスポンジのように吸収できた。
富山駅前の予備校に通うのですが、彼女と一緒だからというのも理由の一つ(笑)。
予備校にある参考書を読みまくって学力を付けていきました。
映画にはカメラマンはもちろん録音や照明など、いっぱい仕事があるのですが、当時は監督しか分かりませんでした。
映画学科の監督コースは倍率が15倍くらいで、撮影・録音コースは1.5、6倍と低かったから入っただけなんです。
入学すると周りには映画マニアがやっぱり多くて、作品についてや黒澤明とか小津安二郎がどうとか話していました。
僕はそんな人知りもしない。「やばい」って危機感を持ちました。謎の使命感に駆られていたんです。
振り返るとまだ1年生だから、いろいろ探し始めればいいと思うのですが…。
まず知識を付けようと、大学の図書館にたくさんあるDVDを「あ」から「わ」まで順番に見ていきました。
ただ「あ」と「A」は分かれていたので、邦画はものすごく見たのに洋画にはほとんど触れていない。
「インディージョーンズ」や「ターミネーター」など誰もが知っている作品は見ていません。
今でもバカにされるので、Aから始めればよかったです(笑)。
Q いつから映画を撮り始めたのですが。
先輩の自主制作映画の手伝いに誘われたら行っていました。フットワークは軽かったです。
運動会みたいにみんなで作る感じが面白く、在学中に100本近く撮ったと思います。
僕はずっとカメラマンしかやっていなかったのですが、役割はじゃんけんで決める程度のもの。
じゃんけんにたまたま全部勝ち、周りの印象が「こいつはカメラマン」ってなっていきました。
3年生になると、みんなで楽しむ運動会だった自主制作映画が「もっといい作品を撮りたい」に変わります。
先輩の藤井さん(映画『ヤクザと家族 The Family』『余命10年』などで知られる藤井道人監督)をはじめとした、
やる気のあるメンバーに精査されて創造力が生まれていった。
カメラマンになると決めたのはその頃で、機材を買ってプロとの映像の違いを研究していました。
Q 若くから業界で活躍するようになったきっかけは。
藤井さんと一緒にやった低予算映画をきっかけに、24歳でテレビCMを撮りました。
そのCMが有名なクリエーティブディレクターの目に留まり、いろいろなオファーが急に入るようになりました。
いつの間にかM-1で優勝したみたいな感じ(笑)。当時業界には若い人があまりいなかったので、面白そうだったのもあったのでしょう。
乃木坂46のPVなどを撮るようになりました。
20代中盤はクオリティーはもちろん、フィルターやライティングなどで、僕が撮ったと分かるような角度のある映像をあえて撮っていました。
最初は目立つ方が今後のキャリアにつながると感じていたからです。
MV、CM、映画とさまざまなジャンルの映像を撮っているのは、自分が飽きちゃうのが一番の理由です。
出演者もロケーションも全部違うんですけど、例えばずっと映画を撮っていたら映画の感覚に縛られてしまう。全部混じるのが面白いです。
三つのジャンルに携わるカメラマンは僕くらいなので、各部門の才能のあるスタッフの橋渡しもできます。
映像業界全体のレベルアップにつながればうれしいです。
Q 映像業界を目指す高校生にアドバイスをお願いします。
映像には自分の性格や人生が絶対に出ます。美しいものを見てきた人は美しく撮れます。基準が変わってくるからです。
基準のレベルが低ければある程度の完成度で満足するし、高ければ妥協できない。
アートに触れることは確実にできることですから目を肥やしてください。
アートに縁遠かった僕になぜ基準ができたかを考えると、生まれ育った富山がきれいだったからかなと思います。
おわらのある八尾が出身なのも影響しているかもしれないですね。
あと高校生の皆さんは、大人たちの勝手なイメージにくくられないでほしいです。
「今時の若者は…」というフレーズは多分縄文時代からずっと使われていたんですよ。
僕はいわゆる「ゆとり世代」で「のんびりしている」とか思われるけど、大人が言っていただけ。
時代や世代の枠に自分で自分を当てはめない方が可能性は広がりますよ。
今村圭佑
カメラマン・撮影監督
いまむら・けいすけ/1988年生まれ。富山市八尾地域出身。八尾高校、日本大学芸術学部映画学科撮影・録音コース卒業。KIYO(清川耕史)氏のもとで約2年間アシスタントを務め、撮影技師として24歳でデビュー。数々の映画、CM、MVのカメラマン・撮影監督として活動。2020年には「燕 Yan」で長編映画監督デビューを果たす。
※掲載内容とプロフィール情報はFuture 2023[進学・オシゴト版] 2023.3.7時点のものです。