スペシャルインタビュー
角野隼斗さん①
Future vol.14に掲載
角野隼斗さんは昨年、ショパン国際ピアノコンクールのセミファイナルに進出した。
「Cateen(かてぃん)」名義ではYouTube で自由奔放に演奏し、6月にチャンネル登録者数100万人を突破。
型に収まらない表現でジャンルの壁などなきもののごとく、新しい音楽を生み出そうとしている。
二つの名前を使い分ける角野さんが音楽家としての「スタート」、高校時代を語ってくれた。
YouTuberとしてのスタートは「音ゲー(リズムゲーム)」ですね。
YouTubeに最初にアップした映像は、高校生当時の角野さんがゲームセンターで遊んでいるものです。
「ユビート」っていうゲームをプレーしているところです。当時めちゃくちゃハマっていたんですよ。
本来は両手でやるゲームなんですけど、僕はあえて片手でやるという変な遊び方をしていました。
すると、友達が「YouTubeに上げたらいいじゃん」と勧めてくれた。まだYouTuberという言葉もない時代です。
ピアノの演奏をアップしようとは思わなかった?
それは「ニコニコ動画」に上げていました。
いわゆる「弾いてみた」っていうパフォーマンスで、ボーカロイドや音ゲーの曲などを演奏していました。
でも、大部分はもう消しちゃいました。なんか恥ずかしくて。今みたいに顔出しはしていません。そんな発想もなかった。
どんな高校生だったんですか。
音ゲーとバンドと、ピアノの「弾いてみた」…。
クラシックからは離れた三つの音楽的サブカルチャーに夢中でした。
バンドではドラムを担当していました。
もちろんクラシックの練習はしていたし、コンクールなどにも出ていたけれど、
気持ちはジャズとかロックとか、他の音楽に向いていた。
クラシックに再び本気で向かおうと思ったのは実は大学からです。
XJAPANのコピーをしていたそうですね。
クラシックピアノをやっていた人がドラムをやるというと、やはり……。
そうですね。YOSHIKIに憧れていました。上半身裸で叩いていましたよ(笑)。
ツーバスのドラムセットを組むのはさすがに無理だったので、ツインペダルでした。
音ゲーをやっていたので、ビートを刻むのが好きだったというのも大きいですね。
高3でeスポーツの全国大会に出場して8位になったそうですね。
大会があったのは受験直前の12月。普通の受験生は、そんな時期に出場しないのでは(笑)。
半ば自虐的に「JUKENSEI」というハンドルネームで出場しました。司会者にもツッコまれました。「君、本当に受験大丈夫なの?」って。
大会に出るには未成年の場合、親の同意書が必要で、これが本当に難関だった。
模試でちゃんと結果を出していること、自分がいかに音ゲーに本気で取り組んでいるかを
力説しながら土下座でお願いしたら失笑しながらサインしてくれました。
東大に進みましたが、勉強のコツってありますか。
僕はいろんな場所で勉強していました。スタバに行ったり、図書館に行ったり。
同じ場所や自宅でずっとやっていると、飽きて集中できなくなるんですよね。あとは、実践です。
参考書を隅から隅までじっくり読むのではなく、さらっと読んだらとにかく問題集をやります。
単元の全体像を理解できるし、どんな知識が必要なのか、つかめます。
毎日の勉強時間は「n月はn時間」と一応の外的な目標を決めていました。
つまり、9月は9時間、10月は10時間ってことですね。11月に入ると、eスポーツの大会の練習で破綻するのですが。
音大に行く選択肢もあったかと思いますが、東大に入学して後悔したことはありますか。
音大に行くのは音楽で生きていく覚悟を持った方々なので、僕は彼らを本当にリスペクトしています。
高校時代の僕にはそんな勇気はありませんでした。でも僕自身は東大を選んで後悔はしていないです。
おかげで自分の音楽性は何にも縛られることがなく、自由になることができた。
ピアノサークルだけでなく、バンドサークルでとにかくたくさんの曲をカバーして演奏したり、
セッションに行ってみたり、合唱の伴奏をしてみたり。
結局音楽をやっていた総時間は相当なものだったと思います。
クラシックのコンクールに出る時には、音大ではないからこそ、
自分は他の人より強い意志を持って学ばなければいけないというプレッシャーも生まれました。
あと、アカデミアの世界を一度体験できたのは大きいですね。
人類がこれまで積み上げてきたものを調べ、何が足りないか考え、どうしたら新しい知見を加えられるか。
そんな論文を執筆するプロセスは僕の思考の礎になっています。
YouTubeで顔を出し始めたのは2年ほど前からですね。
4年前にピティナピアノコンペティションでグランプリを受賞した際、「角野」としての演奏の場面が配信されたんです。
そのあたりから、顔を隠すのも変なのかなと思うようになりました。ピアノは手だけではなく、全身を使って演奏しますしね。
ちょうど卒業を控え音楽の道で生きていこうと決意しかかっていた時期でした。
6月にチャンネル登録者数が100万人に達しましたが、どうしてここまで伸びたと思いますか。
たまたまですよ。コロナの流行以降、YouTubeを始める音楽家が激増しましたが、僕はその時点で10万人のチャンネル登録者がいました。
元々下地があったので伸びやすかったというのは大きいと思います。
あと、ピアノは1人でも自宅で音楽を完結させられます。
これは”StayHome“の時期にはバイオリンなどの単音楽器よりも有利だったと思います。
でも、どうしたらオンリーワンの立ち位置を築けるかは相当考えました。
流行に乗っかればそこそこは伸びるけど、どこかで限界が来る。
僕の場合はクラシックのバックグラウンドと編曲や即興能力を組み合わせて、
さらに何かアイディアで一工夫を加えて「面白い!」と思ってもらえるものを作る。
そういうところに自分のオリジナリティーを見出していました。
それに日本語のテロップを全く入れなかったのも、もともと海外の人にも見てもらいたいという気持ちが強かったからです。
遊び心いっぱいのYouTuberで、音大ではなく東大卒のピアニスト。
大衆音楽の祭典である紅白、ジャズクラブでも演奏し、フジロックにも出る。
ジャンルを越えた活躍で「異彩を放つ」とよく形容されますね。
異質という自覚はあります。
だからこそ、自分の道が正しいのかどうかというのは常に葛藤や迷いが付きまといます。
自分が歩いている道は途中で終わってしまうものなのか、それとも遥か遠くまで続いているのか。
自分でも分からない。ただ他の人と同じことをやり続けでも仕方がないので、
結局怖い道を信念を持って進んでいくしかないわけです。アーティストは全員異質なんです。
角野隼斗
ピアニスト・音楽家
すみの・はやと/1995年生まれ。2018年、東京大学大学院在学中にピティナピアノコンペティション特級グランプリ受賞。これをきっかけに、本格的に音楽活動を始める。20年3月、東京大学大学院情報理工学系研究科を卒業。卒業時に「東京大学総長大賞」を受賞。
現在は国内外でコンサート活動を行う傍ら、“Cateen(かてぃん)”名義で自ら作編曲および演奏した動画をYouTubeにて配信し、チャンネル登録者数は100万人を、総再生回数は1億回をそれぞれ突破(22年6月現在)。
※掲載内容とプロフィール情報は
Future vol.14(2022.7.11)時点のものです。