高校生へのMESSAGES/漫画家 鶴谷香央理さん
ウェブ配信サイトで2017年11月から20年10月まで連載した『メタモルフォーゼの縁側』が
「このマンガがすごい!2019」のオンナ編第1位に輝き、数々の漫画賞を受賞した鶴谷香央理さん(高岡市出身)。
作品がこの夏、実写映画化されることになり、さらに注目を集めています。
失敗続きだった学生時代を振り返りながら、創作への思いを語ってくれました。
漫画家 鶴谷香央理さん
映画化はうれしいですね。映画館のポスターの中に『メタモルフォーゼの縁側』が並ぶと思うと、今からでもウキウキします。
撮影現場にも行きました。夏の暑い最中に冬服を着て撮影しているキャストの皆さんに感服しました。
余計な音を出さないためにも、冷房も最小限にして作業しているのに驚きました。同じシーンを何度も撮影するし、チェックも入念ですし。
主演の芦田愛菜さんや宮本信子さんともお話できました。原作を細かい部分まで読んでくださっていました。
お二人とも小柄なんですけど、演技を始めると存在感があるんです。
すごく自然な発声なのに声が遠くまで届く。プロの仕事ですね。静かな迫力を感じました。
原作は17歳の女子高生うらら、一人暮らしで75歳の雪が書店のボーイズラブ(BL)コーナーで偶然出会い、
BL愛を通じて年の差を越えて友情を育む物語です。作品の出発点は私自身がBLが好きというところにありました。
好きなんですが、どうしても後ろめたい感情を覚えていました。
それはどうしてなのかなといつも考えていたんです。この感情がテーマになると思いました。
作中には、主人公が漫画を描いたり、即売会に出展したり、という場面が登場します。これは私の実体験の反映ですね。
主人公の女子高生には、いつの間にか自分が重なりました。私もおばあちゃん子でしたし。
最初はそんなつもりはなかったんですが、締切が迫ってくると、どんどんネタを出さないといけなくなる。
そうすると自然と自分のことが入ってしまうという感じでした。それにしてもウェブ連載だったのが合っていました。
それにしてもウェブ連載だったのが合っていました。
定期連載を持つというのは大変なことで、最初に月に2回だったのが、締切にどうしても間に合わなくなることもありました。
次第に更新が3週間に1回、月に1回のペースになりました。紙の雑誌だったらどうなっていたか。大きな反省点ですね。
後半になるとキャラクター同士の関係性ができあがってきているので、単純なネタだけではストーリーを展開させられなかった。
次の連載では、しっかりペースを守りたいです。
『メタモルフォーゼの縁側』
原作:鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(KADOKAWA)
脚本:岡田惠和 監督:狩山俊輔 出演:芦田愛菜 宮本信子
©2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会
周りについていけない
中学までは勉強が得意でしたが、高校に入ってからは落ちこぼれです。
周りはみんな頭いいのに、私は授業についていけず、寝てばかりでした。
負けず嫌いだからこそ、自分より周りができる状況がつらかったんです。
3年生になってから「これはまずい」と付け焼き刃のように家庭教師をつけてもらいました。
学力は絶対に足りなかったはずなのに、なんとか希望していた大学に入れました。奇跡ですね。
でも、せっかく入った大学なのに授業には出たり、出なかったり。親にお金を払ってもらうのが申し訳ないくらい。
日本の中世文学を専攻していたのですが、とにかくついていけなくて、身が入らない。
でも、周りの人たちはできている。高校と同じですね(笑)。でも、大学の存在は大きいです。
ちゃんと漫画を描いたのは大学生になってからです。漫画サークルの先輩に画材を教えてもらいました。
一時は広告業界に憧れていました。短い言葉でメッセージを伝えるキャッチコピーがかっこいいなって思ったんです。
広告学校にも入りました。こちらの授業は楽しかったんですが、だんだん違和感を持つようになりました。
何かを宣伝するためにモノを作るのは自分がやりたいことと違う気がしてきたんですね。
就職の代わりに何をするか。漫画ならできるかもって雑誌への投稿を始めました。根拠のない自信があったんです。
2004年に大学を卒業して、賞をもらったのが07年です。
そこからアシスタントを始めて、連載を目指したのですが、10年も企画が通らなかった。さすがにへこみました。
他につぶしはききません。お金もありません。親のすねをかじるだけかじると、今度は妹と住んでお金を節約しました。
彼女が結婚すると友達と暮らしました。さらには妹の家族とも暮らしました。ヤバいですよね。
そこまで行くと、焦燥感もあって知り合いからは「髪や肌というレベルではなく、見た目がボサボサ」と言われました。
見かねた友人が、編集者さんを紹介してくれました。相性がよかったんでしょう。
それが『メタモルフォーゼの縁側』の連載につながりました。
ツイッターで作品を紹介してもらったことをきっかけに一気に広まりました。
こんなにたくさんの人に見てもらえると思っていなかったので、うれしかったです。
その後、いろいろな賞もいただきました。
今はちゃんと一人暮らしです(笑)。
ようやく自分の漫画だけで暮らせるようになりましたが、ぜいたくする気にはなりません。
高いものはせいぜいパソコンくらいしか買っていません。長年お金のない生活をしていたので罪悪感があります。
『メタモルフォーゼの縁側』の連載が終わってからは、達成感から少し放心状態が続きました。
映画の台本をチェックした後は、次回作の構想も練っています。私はいろんな人を描いてみたいという思いがあります。
「いい人」を表現してきたので、次は嫌いなタイプの人も登場させたいと思っています。
何でも挑戦してみて
漫画家になりたい人もきっといますよね。
月並みなアドバイスかもしれませんが、オススメは何でもやってみること。
漫画家として仕事が始まると、どんなに用意していてもネタはすぐに尽きてしまいます。
でも、自分の経験はすぐにネタになります。どんなジャンルでも、最初はみんな初心者です。
初心者が感じる新鮮な気持ちは読者も共感しやすいし、面白い。だから新しいことにどんどん首を突っ込んでほしい。
「好き」を前提にして未知の世界に触れてほしい。
あとは諦めないこと。
昨日まで読むに堪えないものを描いていても、突然少し面白い漫画を描けるようになっていることがあります。
漫画に限らないかもしれませんが、技術や発想はポンってジャンプすることがあります。
脳の中でいろいろなことがつながるんじゃないかな。絵は下手でもいいんです。
今の時代、上手な絵なんてどれだけでもある。読者に「作者はこのキャラを愛しているんだろうな」と伝わるといい。
最初からオリジナルの絵なんて描けない。だったら好きなものをいろいろと混ぜたらいいんです。
鶴谷 香央理
漫画家
つるたに・かおり/1982年生まれ。高岡市出身。
高岡高校、早稲田大第一文学部を卒業。2007年に『おおきな台所』でデビューし、同作品で第52回ちばてつや賞準大賞を受賞する。『メタモルフォーゼの縁側』が初めての単行本。「このマンガがすごい!2019 オンナ編」第1位、「第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門」新人賞などに輝いた。その他の作品に初連載作品『don’t like this』、短編集『レミドラシソ 鶴谷香央理短編集 2007-2015』。
※掲載内容とプロフィール情報はFuture 2022[進学・オシゴト版] 2022.2.25時点のものです。