
Future2025巻頭インタビュー
哲学者 谷川嘉浩さん②
あなたを夢中にさせる衝動を
◇それでは、何を根拠に将来を考えたらいいんでしょうか?
「偶然の出会いで、なんとなく惹かれた」とか「ふと面白そうだなと思った」という気持ちって軽視されがちです。でも、意外とそこにこそ”長持ちするモチベーション“があります。
頭で考えて「将来の夢はこれ」と決めるのも否定はしないけれど、その夢って現在持っている狭い知識や、今この瞬間の世の中の空気に左右されている場合が多い。つまらない常識や家族の期待も影響します。「本当にやりたいこと」と思い込んでいることが、ただ単に現代社会でスポットライトを浴びやすいものなだけだったりすることもある。
むしろ、ふとした瞬間に感じる衝動のほうが、あとで振り返ると大事な原点だったりもする。衝動や偶然と出会うには、周りやSNSの声に惑わされずに“なんとなく”を拾う力が必要です。自分自身でもうまく説明しきれないような偏愛に気付いてほしい。
たとえば、紅茶を選ぶときにじっくり香りをかぎ分けるとか、食べログを見ないでラーメン屋さんに行ってみて「ここ良いかも」と発見するとか。そんな風に予断を入れずに何かと出会うための小さな練習を重ねると、自分が何に心を動かされるのかに気づきやすくなるはず。平均的な人が歩みそうなルートではなく、あなた自身の感覚にぴったりくるかどうかで判断するべきです。「私はこうあるべき」という思い込みを抑えて、心の奥底から湧き出す欲望に触れてほしい。
◇今の目標に向かって努力しても意味はない?
いいえ、そんなことはないです。その都度、最適だと思う目標に向かってベストを尽くしながら、知識や経験を経て変わることを受け入れるのが大事なんです。
高校生のうちに「徹底的に努力したからこそ見えてくるもの」って絶対あります。夢中になるからこそ得られるものがあります。一方で、どれだけ頑張っても途中でイメージと違ったり飽きたりすることはある。
それを「自分がダメだから」と責めるのではなく、「人は変わって当然なんだ」と柔軟に受け入れてほしい。その上で「違うかも?」と思ったら路線を修正する。これは恥ずかしいことじゃありません。
実は仕事でも研究でも、やりながら転進していく人は珍しくない。むしろそういう人のほうが、最後には面白いところに行きついたりするんです。
◇人生において仕事ってやっぱり大切ですか。
私自身は、いわゆる「仕事」と「趣味」の境界がほとんどありません。本を書いたり授業をしたり、人と話すこと自体が自分にとっての思考の場で、楽しいし生きがいになっている。
でも、仕事というのは本来「人生の全て」じゃなくていいとも思うんです。正直、仕事でいきなり自己実現できる人の方が少ない。だからと言って「仕事は仕事」と割り切りすぎるのも、仕事の時間を息苦しいものにします。
苦手なことは誰だってある。それなら分散投資をイメージするといいかもしれません。仕事を一つの塊として捉えないで、「書くのは楽しい」「人の話を聞くのは得意」「事務仕事は苦手」みたいに分割して考える。所属するコミュニティーがいくつもあるイメージです。学校が苦手でも塾は楽しいという人もいるでしょう。それと一緒。そうやって仕事への解像度を上げるとトータルでは仕事全体がちょっとずつ愛せるものになっていく気がします。その先に「自己実現」とか、やりがいが結果として付いてくるんじゃないでしょうか。
◇やりがいも大切ですが、お金も大切ですよね?
私も当然、生きるためにお金を稼いでいます。でも「お金を稼ぐのが人生の第一目的」にはなりにくいですね。たとえば私がやってるような研究や教育みたいな仕事は、現実面ではそこまで高収入に直結しません。
ただ、自分のペースで考えたり書いたりする時間があるのはありがたい。それを楽しむために、最低限お金が回る仕組みを整える、という感じですね。「お金を稼ぐこと」と「自分らしく生きること」が両立するかどうかはあまり最初から決めずに、やってみた結果「意外とお金につながった」「そうでもなかったけど続けたい」というくらいのほうが自分の心にとって健康なやり方だと思います。
◇高校生に伝えたいことは。
間違ったらやり直せるし、飽きてもいい。それに興味が移るのは当然ということです。多くの人が将来を決めるとき、失敗や変化を怖がりすぎる。でも私もなんとなくの試行錯誤の果てに偶然この道に入り、「なんか面白い」と続けるうちに、いつの間にか「哲学者」と呼ばれるようになりました。
何か気になることがあったら、ちょっと行動してみる。そうすると、自分の外にある世界からも反応がある。そういう小さな行動の積み重ねが、あなたの「なんとなく」の芽を育て、世界を広げます。「なんとなく」は、誰かに強制されたわけでもないのに、あなたを夢中にさせる衝動です。要領の良さや世の中の理屈とは違う。そんなものに関係なくあなたを動かす力です。その衝動こそが、自分に向いている学問や仕事を見つけるきっかけになると思います。
谷川 嘉浩
哲学者

谷川嘉浩(たにがわ よしひろ)/哲学者。1990年生まれ。京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師を務めている。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程を修了。近著には『スマホ時代の哲学:失われた孤独をめぐる冒険』(ディスカバートゥエンティワン)や『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(ちくまプリマー新書)がある。
※掲載内容とプロフィール情報はFuture 2025[進学・オシゴト版]2025.3.12時点のものです。