スペシャルインタビュー
こっちのけんとさん①
YouTubeで1億2千万回再生を突破した「はいよろこんで」で注目を集めるこっちのけんとさん。
音楽制作、振り付け、映像制作を手掛けるマルチクリエイターだ。
彼の創作の核心にあるのは「n=1の個性」。
個人の体験や葛藤を歌に詰め込んだ独自性が、思いがけず多くの人々の共感を呼んでいる。
ダンサブルなリズムとネガティブをポジティブに反転させた歌詞のコントラストで新しい表現を切り開く。
最新曲「もういいよ」も好評を博すなど、音楽シーンに新風を巻き起こし続けている。
たった1人の自分のために書いた
「はいよろこんで」が YouTube で1億2千万回再生を達成しましたね。実感はありますか?
正直、全然実感がないんです。感謝の仕方も分からないほど。「ありがとう」としか言えない状況です。
現状の自分と、今までの自分とのギャップがありすぎて戸惑っています。
聞いている人の方が状況をわかっているんじゃないかなと思うくらいです。
日本だけでなく、世界でも聴かれています。
最初から言語関係なく誰でも楽しめるような曲にできたらいいなとは思っていました。
だから日本語が分からなくても、気持ちよく響くような歌詞を意識しました。
特にサビの部分。これだけ自信がある曲が世に広まらなかったら、もうなんにもできないやっていう気持ちでした。
その歌詞が面白いですよね。モールス信号の音で「SOS」を表現したり、心電図の様子をすごろくのように表現したり。
メンタルのあやうさの中でぎりぎり保つ、自分を謎解きのような歌詞で表現する歌ですよね。
最初はもっと怖い曲でした。仮タイトルも「病気」(笑)。
でも、僕のコンセプトとして、つらくて暗い内容をできるだけポップに明るく伝えたいという思いがあった。
そこで「はい、よろこんで」という言葉を思いつきました。
一見めちゃくちゃ明るい言葉なんですけど、よく考えると人のために自分を後回しにしている言葉でもあるんです。
今回の Future テーマは「n=1」。数学で見かけるのは「n が 1 の場合」という意味だけど、「ただ一つ」を意味することもあります。
けんとさんは歌詞に自分だけの体験を託して、ネガティブな内容を率直に歌っています。ただ一つの才能だと思います。
僕は多分そういう作り方しかできないんです。自分のつらい経験を基に、その解決策を世の中の若い子のために示しておきたい。
「そういう時はこう考えたらいいよ」みたいなヒントを出してあげられたら、うつ病で苦しんでいた当時の僕はめちゃくちゃ救われていただろうなと思うんです。そういう気持ちで自分をさらけ出しています。実体験を話さないと。
本当につらい人にただポジティブなだけの言葉を並べても、「うるさいよ」ってなっちゃう。
一般の人たちに向けた曲という以上に、過去や未来の自分のために書いた曲であると思うんです。
n=1 である自分、たった1人しかいない自分のための曲ですよね。
いろんな人のためではなく、自分のために。それがたまたまいろんな人の人生に重なったんですかね。
すごい昔のラブレターみたいな万葉集の和歌に今の時代の人たちが感動したりするのも、そういうことなんじゃないでしょうか。
チャートではやっている曲を意識することは?
無意識的に自分の中に入ってきているかもしれませんが、「こういう音が今来ているから」と反映させることはないですね。
曲を作っている瞬間に自分の物差しで判断しています。作りたいものを作っているつもりです。
ダンサブルなリズムに載せて、ネガティブな歌詞を歌うというけんとさんの音楽性はどのように育まれたのですか。
ダンスを習っていたので、洋楽のタイトルも分からないような曲は浴びるように聞いていたんですよ。
あと、父親はフォークソングが好きで、吉田拓郎さんやさだまさしさんが車の中に流れていた。
「この歌詞がいいんだよな」なんて父が言っているのをよく覚えています。今の僕の音楽はその二つの掛け算かもしれませんね。
そもそも音楽を始めた最初のきっかけは小学6年生の時です。文化祭で演劇をすることになって、同級生が主題歌を作ったんです。
その子が「俺は歌がうまくないから、歌うまい人に歌ってほしい」と言って、なぜか僕が選ばれました。
「あれ、もしかしたら人前で僕は歌ってもいいのかもしれない」と思ったのが始まりです。
大学ではアカペラサークルに入りました。でも、就職後にうつ病になって音楽から離れていました。
会社員時代はコンサルタントだったそうですね。
はい。家族のことを考えて、安定した職業を選んだんです。父が自営業で、兄が俳優の菅田将暉。
彼らは成功して安定はしているけど一応不安定な職業。そこに弟も俳優になりたいと言ってきました。
そんな中で、僕が普通の就職をして長年勤めればバランスが取れるんじゃないかって思っていたんです。
でも、新入社員でコンサルタントって本当に矛盾した存在なんです。人に対しても物を教えるのに、まだ知識がない。
1、2カ月勉強しただけの人間が、社長さんにものを言うというのが、僕の中ではあり得なくて。そこに矛盾を感じて悩んじゃった。
夜遅く家に帰って、アパート玄関で倒れて、そのまま朝を迎えるなんていう日もありました。
どうにもこうにも行かなくなって、やめてしまいました。
音楽活動の復帰のきっかけは父の還暦パーティーでした。父の思いとして、兄弟3人にステージに立ってほしかった。
僕は歌が得意だったから歌ってほしいということでした。ただ当時はうつ病の真っ最中で、家族とも連絡が途絶えていた。
でも、なんとか会場に行って久しぶりに人前で歌った時に会場の人たちが涙を流しているんですよ。
お客さんの中には日本の経済を動かしているような人もいました。そんな人たちも泣いている。
そこから歌を続けた方がいいと感じました。自分も心地良かったですし。
それで音楽の道に戻ることにしました。コーラスや仮歌のお仕事を受けつつ、オリジナルを作っていったっていう感じですね。
こっちのけんと
マルチクリエイター
こっちのけんと/大学時代のアカペラグループで全国大会2連覇。1人アカペラシンガーとして YouTube で活動開始。2022年にデビュー曲「Tiny」をリリース。2nd single「死ぬな !」がバイラルヒットとなり、ストリーミング再生回数2,200万回を突破。24年の 6th single「はいよろこんで」は総再生回数100億回、ストリーミング1億回を突破。国内外のチャートで1位を獲得し、大きな注目を集める新進気鋭の実力派シンガー。
※掲載内容とプロフィール情報は
Future vol.19(2024.11.11)時点のものです。