アイデアは無駄から生まれる
ユニークな雑誌の編集長を歴任し、「本屋大賞」など社会を動かすムーブメントを仕掛けてきた
クリエイティブディレクターの嶋浩一郎さん。
発想の根源には「無駄」があり、「無駄が世界を変えてきた」と言います。
無駄はなくすべきものではなく、活用するもの!?
富山は具なしパスタがうまい
みんなが価値を感じているものから、イノベーションは生まれません。
ビジネスのアイデアも最初は辺境から「変な人」としてやってくる。
例えば、今は「おひとり様」って当たり前だよね。
昔は1人で温泉旅館に泊まると変だと思われたし、ちょっといいレストランも入れなかった。
だけど今は、おひとり様専用のプランがあったりする。
つまり、過去のおかしな人たちが新しい価値をつくったんです。
無駄は大事だよね。
無価値とされているものや、まだカテゴライズされていないものには可能性しか感じません。
僕は人が気付いていない境界線を引いて、新たにカテゴライズするのが好きです。
富山は大好きで何度も行っていますが、富山には「具なしパスタ」がおいしいお店があります。
僕が知る限り全国2位ですね(笑)。
「具なしパスタ」なんていうジャンルは食ベログにもないし、店主もアピールしていません。勝手に僕が決めただけです。
そんな新しいジャンルを自分で見つけると、日常が楽しくなる。
みんなと同じものを見ていても、勝手に物語が生まれるんです。
お店を探す時、今ってネットの評価をすぐに気にしちゃうでしょう。
それが「ワン・オブ・物差し」って知っているならいい。
でも、ネットの集合知だけに依存しちゃうと、好奇心を発見する機会がなくなる。
1回も会ったことのない人たちの価値観による集合知に人生の大切な瞬間を委ねていいの?
食いしん坊の友達に好きな店を聞いた方が信頼できるかもしれないのに。
物差しは使いこなすもの。支配されるものではない。
検索上位になれるのは、みんなが既に価値を知っているから。
新しいアイデアを考えるなら、みんなが注目していないものにこそヒントがある。
僕は本屋さんも経営しています。だから「よく泣ける本ありませんか」なんて質問される。
でも、それってネタバレだよね。答え合わせのための読書でしかない。
小説も料理も映画も本来は「つまらないかも」というリスクを取って楽しむもの。
「あの映画が泣ける」とか「ネットで点数が高い」とか調べてから体験するものではない。
自分で見つけるからこそ楽しいんです。
自分の嗅覚を信用してほしい。他人が決めた価値をなぞるだけの人生はもったいない。
好奇心がうずくのはめちゃくちゃうれしい体験。
アマゾンで本を注文してすぐに届くのは便利だけど、リアルの本屋もやっばりいいんですよ。
棚を見渡して買うつもりなかった本を買ったなら、それはラッキー。
洋服もそう。買うつもりがないものをネットで買うことなんてないでしょう。
でも実際にショップに行くと、思いもよらなかった服や靴に出合える。
そこで買っちゃうのは無駄遣いと思っちゃうかもしれないけれど、それは自分の好奇心を新たに発見したということ。
フクロウの羽と新幹線
みんな無駄を恐れるけれど、無駄っていつ役に立つか分からないんですよ。
「バイオミミクリー」という言葉を知っていますか。
生き物の構造や機能を模倣して、特定の分野に生かすことです。
かつて新幹線のパンタグラフが走行中に騒音を出す問題に悩んでいた開発者がいました。
彼はたまたまフクロウを見てハッとしました。
フクロウが獲物を捕まえるために速く飛んでも、ものすごく静かだということに気付くんです。
羽を広げて飛んでいるのに音がしない。
そこでフクロウの羽の構造を研究し、新幹線のパンダグラフに応用したら見事に騒音問題が解決した。
新幹線のことだけを考えていてもこうはならない。
フクロウの羽のことなんて知っていても意味がないとみんな思っているでしょう。
でも、違ったんですよ。役に立たないものを知るって面倒そうだけど、そういうケミストリーが起きる。
すると見え方が変わリます。無駄が世界を変えるんです。
毎月1回修行しよう
僕がいいアイデアを出すためにやっていることを一つ紹介します。
毎月1回、今の自分から遠いものや、世の中でビミョーだって思われているものに触れるんです。
修行です。例えば、普段絶対に行かない人気演歌歌手のディナーショーに行く(笑)。
周りのおば様たちに「あんた若いのに偉いわね」なんて言われながら、ご飯を食べて演歌を聴くんです。
他にもNetflixで視聴回数の低い作品を観たり、マイナーな地下アイドルのライブに行ったりする。
支持されていたり、されていなかったりするものには理由があるんですよ。それを身をもって体験するんです。
ネット時代を生きる我々は、エコーチェンバー(閉じたコミュニティーの中で似たような意見しか返ってこない現象)と、フィルターバブル(検索サイトが提供するアルゴリズムの中で見たい情報ばかり見ること)に陥っています。
だからこそ、自分の好きなものだけじゃなく、新しい体験を掛け合わせた方がいい。
あえて異分子を吸収しにいく。
アイデアは結局変なものと変なものの組み合わせ。
両者の距離が遠ければ遠いほどすこいケミストリーが生まれます。
嶋 浩一郎
クリエイティブディレクター・編集者
しまこういちろう/博報堂執行役員・エグゼクティブクリエイティブディレクター、博報堂ケトル取締役。1968年東京都生まれ。93年博報堂入社。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大宮実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)など。
※掲載内容とプロフィール情報は
Future vol.16(2023.7.10)時点のものです。