世界に飛び出す。
作曲家 中橋祐紀さん
若手音楽家の登竜門とされるスイスの「ジュネーブ国際音楽コンクール」の作曲部門で、小矢部市出身の中橋祐紀さん(27)が2位に入賞した。
聖書の物語を斬新な合唱で表現した。パリで学び、現代音楽の道を歩む意気込みを聞いた。
今は孤独を感じてもきっと大丈夫
Q コンクールの結果についてどう受け止めていますか。
普段はパリで生活しているので、ジュネーブで初めて出会う人たちと交流しながら作品を仕上げる過程が充実していたし、新鮮でした。
それだけでも楽しかったので、2位という結果については、おまけというわけではありませんが、ご褒美だと思っています。
受賞のおかげでたくさんの人たちにお祝いの言葉をいただけたのはうれしかったです。
受賞に伴っていくつか作曲の依頼を頂きました。
それほど多くはありませんが、一つ一つの作品が完成し、世に出るのを非常に楽しみにしています。
Q パリの生活はどうですか。
1年目は大学院の授業が多くて、朝早くから学校に行って夜帰ってくるという生活で割と健康的だったかな。
でも、3年目になると授業はそれほど多くなく、自分のリズムで日々を作曲に費やしています。
すっかり夜型になりました。パリでは演奏会が遅い時間にあるので、自然とそうなりました。
日本に比べても、安い値段でレベルの高い演奏が聴けるんですよ。頻繁に足を運んでいます。
僕が暮らしているアパートは繁華街にあるので、ちょっと怖いところもあります。
酔っ払いがたくさんいるので、変に絡まれないように気を張っていますね。
日々のエネルギーをそういうところで使ってしまっている気もします。
パリは物価が高いので、自炊なしにはやっていけません。
東京にいた頃はコンビニや牛丼でどうにでもなっていたけど、パリだと安く済ませようとしても7、8ユーロは必要です。
おかげで料理自体に関心を持ち始めました。八百屋さんや肉屋さんが周りにあるので楽しんでいます。
Q 音楽はいつからやっているんですか?
5歳からピアノとエレクトーンをやっています。でも、それほど熱心ではなくて、中学から高1までは野球漬け。
ピアノ自体に割く時間は少なかったです。
ただ、高校野球では求められる練習や気構えのレベルが非常に高いです。
その厳しさについていけなくなり辞めてしまいました。
空っぽになってしまった時に、作曲の勉強がしたいと自然と思い至りました。
小さい頃から手遊びのように、初歩的な作曲はしていたんです。
探り探り面白い音を選んで遊んでいた。友達に聞かせることもなかったですけどね。
Q 同じ音楽でも演奏でなく、作曲を選んだのはなぜですか?
曲を作ることに関しては小学生くらいからこだわりがあったんですよ。
ポップスを耳にしても「このサビのメロディーは単純すぎる。自分ならもっとこうする」みたいなことは考えていました。
個人的にはスキマスイッチのメロディーが面白くて好きでした。
僕が携わっている現代音楽は、作曲家が知性を尽くした音楽です。
難解に感じる人がいるのは分かりますが、こうした音楽に触れると自分の美意識や考え方が一変することもあります。
一度聞いて分からないものであっても、時間をかければ理解できることもあります。
こういう経験は時代がどう変わろうとも、社会には必要なものでしょう。
Q 東京芸大を経て海外の大学院に進むというキャリアは最初から考えていたのですか。
何となくの流れの中でそうなりました。
そもそも東京芸大に行ったのも、最初から念頭に置いていたというより、勉強するうちに「行けるかも」と思ったから。
進学後も順調だったかというと、そうでもないです。
自分の曲をコンサートで演奏してもらうための学内選考に落ちることもありましたし、大学院に行けるかどうかも分からなかった。
一つ一つ約束されていたことなんてありません。要所要所で運に恵まれて、チャンスを頂けたという感じです。
こっちに来て良かったのは、同時代のいろいろな音楽に触れられたこと。
古い音楽もたくさん吸収できます。一流の音楽家の演奏に触れ、自分を見直す機会が多い。
パリに来てから知識や音楽性が広がった気がします。音楽に浸れる環境があるというのは、重要だと思います。
Q 音楽などの芸術の道を志す人にアドバイスを。
大きなことを言えませんが、僕は高校時代に野球部を辞めた時、孤独を感じました。
僕の高校では音楽の道に進みたいのは、僕だけでしたから。
今となっては意志を貫いて良かったと思います。高校生の皆さんも周りを気にせず、自分を信じたらいい。
音楽の大学に行くことで就職を心配する人もいると思います。でも、意外に大丈夫ですよ。
音楽出版社や音楽教室に勤めている人も結構いますから。僕も何とか作曲をやめずに続けていきます。
中橋祐紀
作曲家
たなかはし・ゆうき/1995年小矢部市生まれ。
高岡高校、東京芸大音楽学部作曲科卒業。同大大学院大学院音楽研究科作曲専攻修士課程修了。松本清、久行敏彦、野平一郎、ステファノ・ジェルバゾーニの各氏に師事。2016年と17年にそれぞれ長谷川良夫賞を受賞(フーガ、管弦楽作品)。学部卒業時にアカンサス音楽賞、買上作品賞を受賞(首席)。19年に日本音楽コンクールの作曲部門で3位に入賞。20年9月からパリ国立高等音楽院に在学中。第76回ジュネーブ国際音楽コンクールでは第2位に入賞し、三つの特別賞を受賞。
※掲載内容とプロフィール情報は
Future進学・オシゴト版(2023.3.3)時点のものです。