芥川賞作家 書き始め指南
文章を書くのって大変ですよね。
書き始めるまでに原稿用紙の前で悶々としてしまう人も多いのでは。
芥川賞作家の高山羽根子さんは、「”軽率“に書いちゃえ」と言います。その心は?
⸻ 文章を書かなきゃいけなくても書き始められない人は多いです。どうしたらいいですか。
最初から傑作や名文を書こうとしているからですよ。
自分の文章に厳しくなっちゃう人がいますが、サッカーだって、野球だって最初からうまいわけがないでしょう。
とにかく原稿用紙1枚でも書き切ること。小説を書き始めても、書き終える人はなかなかいないんですよ。
途中で完成させないでやめちゃう。書き終わってこそスタートです。
書き終わらないと、誰かに読んでもらうこともできないんだから。文章はとにかく書き終えないとダメ。
完成しないと次に行けない。書ける人なら100枚書いてもいい。
書けない人なら日記みたいにノート1枚書くだけでもいい。とりあえず書き上げて、「了」と書くこと。
最初から傑作といういうことはまずありません。その次に、それよりいいものが書けるかもしれません。
一方で、その最初の作品は絶対に捨てないでください。その中に詰まっているものはとても大きい。
自分では破り捨てたくなるかもしれないけれど。行き詰まった時に突破口になる材料があるかもしれません。
表現は基本的に恥ずかしいもの。そこで踏ん張るからこそ、名作が生まれる。
下手でも続けてみましょう。書かないと上達しません。
⸻ 書こうと思ってパソコンに向かっても、うっかりYouTubeを見たり、SNSを読みふけったりしてしまうという悩みを聞きます。
私は書きたいものがあって生まれてきたというタイプじゃありません。思いついたから書こうというタイプ。
書きたいことが思い浮かぶまで、ずっとボーっとしています。幸い、小説以外にも書評やエッセーのような仕事もあります。
小説を書きたくない時は、そういうものを書いて過ごします。そうするうちにリズムが出てきて、小説に向かいます。
後で締め切りに集中するためにも、細かい仕事は先に終わらせておくのはいいですね。
Twitterばかり見ちゃうというのはよく分かります。でも、それを卑下することはないです。
SNSで新書1冊分のテキストを読んでいるかもしれないし、いい材料が転がっているかもしれない。
希望として捉えてもいいじゃないですか。
⸻ 書き始めるために日頃から準備していることってありますか。
小さなスケッチブックに気が付いたことや心に残ったことを書いていますね。
思いついたことがあったら何でも書き込んでいます。チョロく感動して、チョロくメモしています。
何気ないことでいいんですよ。書き切るとバラバラにして、テーマやジャンルごとに整理します。
6割以上の内容は使うことがありませんが、心の動きみたいなものはここから引っ張ってきています。
⸻ 文章って出だしが大事ですよね。
世に残る小説の大半は出だしがカッコいいですよね。
村上春樹さんの『ノルウェーの森』は「僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた」。
庄司薫さんの『赤頭巾ちゃんに気をつけて』は
「ぼくは時々、世界中の電話という電話は、みんな母親という女性たちのお膝の上かなんかにのっているのじゃないかと思うことがある」。
どうしたらこんな文章を思いつくの、とクラクラします。
絵は最後に描いた線が一番手前に来るけれど、小説は最初に書いた1文が冒頭になる。
そして読む人が最初に目にする。だから書き始めは大切といえば大切。
でも、後で書き直したっていいし、ラストシーンから書き始めたっていいんです。
世に残る名作も、最初から順番に書かれていたとは限りません。
スタート時は”チョロいモード“でいんです。気構えないで書く。
あるいは、「カッコいい出だしを思いついた」なんていう理由だけで小説を書いてもいいです。
とにかく”チョロいモード“。軽率にやっちゃえばいいんです。あとで、どれだけでも書き直せるんだから。
⸻ 小説家になりたいと考えている高校生もいると思います。アドバイスはありますか。
高校生の頃から将来は「小説家ひと筋」と決めなくてもいいんじゃないでしょうか。
短歌や俳句もそうかもしれませんが、小説って生きること全てを含んでいるところがあります。
山登りしていても、野球をしていても小説につながります。それに弁護士や看護師にしか書けないネタもあるでしょう。
人生の全てを反映できる。どんな回り道をしてもマイナスになることはない。
小説家になりたいと力むことはない。別に今じゃなくても、書きたいと思ったときに気負わずに書いてください。
それが傑作になる可能性は十分あります。
高山羽根子
作家
たかやま・はねこ1975年富山市生まれ。
多摩美術大卒。2010年「うどんキツネつきの」で第1回創元SF短編賞佳作を受賞しデビュー。「太陽の側の島」で林芙美子文学賞、「首里の馬」で芥川賞受賞。近著に「暗闇にレンズ」「旅書簡集ゆきあってしあさって」(共著)。