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矢田みくにのwiki経歴!学歴(高校や中学)や年齢や身長や勤務先はどこ?

目次

矢田みくにさんのwiki経歴!

矢田みくにさんは、熊本県熊本市出身の陸上長距離選手で、現在はエディオンに所属しています。

学生時代から3000mや5000mで頭角を現し、実業団入り後は10000m、さらにマラソンへと活躍の舞台を広げてきました。

特にすごいのが、初めて走った大阪国際女子マラソンで2時間19分57秒を記録したことです。

さらに2026年の愛知・名古屋アジア大会では、女子マラソンの途中で転倒しながらも立て直し、銅メダルを獲得しました。

経歴を調べていると、「マラソンで突然出てきた選手」という印象とはかなり違います。

高校時代にはすでに日本代表を経験しており、5000mや10000mでも国際大会を戦ってきた筋金入りの長距離ランナーなんですね。

仕事で少し忙しいだけでも帰宅後はソファから動きたくなくなる身としては、42.195kmを走る時点で別世界です。

ましてや転倒後に先頭集団へ戻る姿を見ると、体力だけでは説明できない精神的な強さまで感じますね。

まずは年齢や出身地など、矢田みくにさんの基本的なプロフィールから見ていきましょう。

矢田みくにさんのプロフィール!年齢や出身地は?

矢田みくにさんは1999年10月29日生まれ、熊本県熊本市出身です。

2026年9月26日時点では26歳となります。

・名前:矢田みくに(やだ みくに)

・生年月日:1999年10月29日

・年齢:26歳(2026年9月26日時点)

・出身地:熊本県熊本市

・競技:陸上競技

・種目:長距離走・マラソン

・所属:エディオン

・出身中学:熊本市立力合中学校

・出身高校:ルーテル学院高等学校

・3000m自己ベスト:9分01秒53

・5000m自己ベスト:15分19秒67

・10000m自己ベスト:31分20秒09

・マラソン自己ベスト:2時間19分57秒

身長については、今回確認できた情報の範囲では公式な数値を確認できませんでした。

プロフィールを見ると、まだ20代ながら学生時代から国際大会まで経験していることに驚きます。

会社員生活に置き換えるなら、20代半ばですでに海外案件を何度も経験し、さらに新しい分野でも結果を出しているようなものです。

履歴書がかなり強そうです。

そんな矢田みくにさんの本格的な実業団生活は、高校卒業後のデンソーから始まりました。

高校卒業後はデンソーに入社

矢田みくにさんは、ルーテル学院高校を卒業した2018年にデンソーへ入社しました。

大学には進学せず、デンソーフリートセローズに所属して競技を続けています。

同じ2018年には、アジアジュニア選手権5000mで16分31秒65を記録して優勝しました。

高校を卒業したばかりでアジアの頂点に立っているのですから、学生時代からの実力がそのまま実業団でも通用したことが分かります。

さらに2022年には、アメリカのボストン大学で行われた室内競技会5000mで15分23秒87をマーク。

室内アジア新記録を樹立しました。

新卒で入社した頃を思い返すと、電話を取るだけでも妙に緊張した記憶があります。

その年代で海外のレースに出てアジア記録を狙っているのですから、同じ「社会人」という言葉でまとめるには少々無理がありますね。

そして2022年、矢田みくにさんは競技環境を大きく変えることになります。

2022年にエディオンへ移籍

矢田みくにさんは、2022年5月31日付でデンソーを退社し、同年9月1日付でエディオンへ移籍しました。

現在の所属先もエディオンです。

今回確認できた情報では、デンソーを退社してエディオンへ移籍した具体的な理由までは明らかになっていません。

そのため、移籍理由については憶測で決めつけないほうがよさそうですね。

注目したいのは、所属先が変わったあとも競技の幅を広げていることです。

転職や異動をすると、パソコンの設定ひとつでも「前の会社と違う……」となりがちです。

競技環境の変化はそれ以上に大きいでしょうが、矢田みくにさんはエディオン移籍後も国際舞台で結果を残していきました。

次は、マラソン挑戦以前の矢田みくにさんが得意としていた5000m・10000mでの実績を見てみましょう。

5000m・10000mで日本代表として活躍

矢田みくにさんは、マラソンへ挑戦する前から5000mや10000mを中心に活躍してきた長距離選手です。

高校2年生ではU20世界選手権日本代表に選ばれ、高校卒業後の2018年にはアジアジュニア選手権5000mで金メダルを獲得しました。

2025年のアジア選手権では10000mで銅メダルを獲得しています。

さらに東京世界陸上では10000mに出場しました。

こうして見ると、マラソンで一気にブレイクしたというより、トラックでスピードを磨き続けてから42.195kmへ進んだ流れが分かります。

マラソンだけを見ているとスタミナ型の選手に感じますが、5000mの自己ベストは15分19秒67、10000mは31分20秒09です。

このスピードがあったからこそ、初マラソンでも終盤まで勝負できたのではないかと感じます。

そして2026年、矢田みくにさんの名前がマラソンファンにも一気に知られるレースがやってきました。

大阪国際女子マラソンで初マラソン日本最高記録

矢田みくにさんは、2026年1月25日の大阪国際女子マラソンで2時間19分57秒を記録し、初マラソン日本最高記録を樹立しました。

これが矢田みくにさんにとって人生初のマラソンでした。

初挑戦ながら終盤まで上位争いに加わり、最終順位は4位。

それまで安藤友香さんが2017年の名古屋ウィメンズマラソンで記録していた、初マラソン日本最高記録2時間21分36秒を更新しています。

いきなり1分39秒も縮めたことになりますね。

さらに、日本国内で行われたマラソンで2時間20分を切った日本女子選手としても、前田穂南さんに続く記録となりました。

初めてのフルマラソンなら「まず完走できれば」と考えてしまいそうですが、矢田みくにさんの場合は初回から日本最高記録です。

初出勤の日にいきなり社内表彰されるくらいのインパクトを感じます。

そして約8か月後、今度はアジア大会という大舞台で忘れられないレースを見せました。

アジア大会女子マラソンで転倒するも銅メダル

矢田みくにさんは、2026年9月26日の愛知・名古屋アジア大会女子マラソンで2時間27分56秒を記録し、銅メダルを獲得しました。

このレースが印象的なのは、22km過ぎに前を走っていたバーレーンの選手と接触し、転倒するアクシデントがあったことです。

矢田みくにさんはすぐに起き上がると、再び先頭集団へ復帰。

さらに28km手前からは集団の先頭に立ち、30km地点でも積極的にレースを引っ張りました。

37km過ぎから先頭には離されましたが、最後までメダル圏内を守り切っています。

転んだ直後に「今日はもう無理」と気持ちが切れなかったところが、本当にすごいですね。

朝からストッキングが伝線しただけでも一日のやる気を持っていかれることがあるのに、矢田みくにさんはマラソン中に転んでから先頭まで戻っています。

メンタルの設定がどうなっているのか聞いてみたくなります。

2018年大会で銀メダルを獲得した野上恵子さん以来となる、日本女子のアジア大会マラソンでのメダル獲得となりました。

では、これほどの選手を育てた学生時代はどのようなものだったのでしょうか。

続いて矢田みくにさんの中学・高校などの学歴を詳しく見ていきます。

矢田みくにさんの学歴!高校や中学はどこ?

矢田みくにさんの学歴は、熊本市立力合中学校からルーテル学院高等学校へ進学し、高校卒業後は大学へ進まずデンソーに入社という流れです。

中学校から陸上競技部に所属し、高校では3000mを中心に一気に全国トップクラスへ成長しました。

特に目を引くのが、熊本県高校総体3000mで3連覇していることです。

一度勝つだけでも大変なのに、高校生活を通して勝ち続けているんですね。

さらに高校2年生ではU20世界選手権の日本代表にも選ばれています。

アジア大会女子マラソンで矢田みくにさんを知った人からすると、「高校時代からそんなに速かったの?」と驚く経歴ではないでしょうか。

学生時代を思い返すと、部活とテストが重なるだけで「今週ハードすぎる」と感じていました。

全国や世界を目指しながら学校生活も送っていたと考えると、矢田みくにさんの高校生活はかなり濃かったのでしょうね。

ここからは、力合中学校、ルーテル学院高校、そして高校卒業後の進路について順番に見ていきます。

出身中学は熊本市立力合中学校

矢田みくにさんの出身中学は、熊本市立力合中学校です。

熊本県熊本市出身の矢田みくにさんは、力合中学校で陸上競技部に所属していました。

今回確認できた情報では、力合中学校時代の詳しい大会成績や自己ベストまでは分かっていません。

そのため、中学生の頃から全国トップだったと断定することはできません。

ただ、その後も陸上競技を続け、ルーテル学院高校では県記録を樹立するまで成長しています。

現在の矢田みくにさんにつながる陸上人生の土台が作られた時期と考えると、力合中学校時代も気になりますね。

中学生の頃に始めたことが、20代になって日本代表としてアジア大会を走るところまでつながるのですから、人生は分からないものです。

次は、矢田みくにさんが大きく飛躍したルーテル学院高校時代を見てみましょう。

出身高校はルーテル学院高校

矢田みくにさんの出身高校は、熊本県にあるルーテル学院高等学校です。

ルーテル学院高校でも陸上競技部に所属し、長距離選手として数々の結果を残しました。

高校2年生のときにはU20世界選手権日本代表に選出。

高校生の段階ですでに日の丸を背負って世界大会を経験していたことになります。

さらに3000mでは熊本県高校総体を3連覇しました。

2016年の高校総体南九州大会3000mでは、大会新記録と熊本県新記録を樹立して優勝しています。

在学中には3000mの熊本県記録・熊本県高校記録に加え、5000mでも熊本県記録を樹立しました。

ここまで並ぶと、「陸上部で活躍していました」というレベルを軽々と超えていますね。

高校時代の矢田みくにさんは、現在につながるスピードをすでに身につけていたことが分かります。

では、3年間でどのくらい安定して結果を残していたのでしょうか。

ルーテル学院高校では3000mで県高校総体3連覇

矢田みくにさんは、ルーテル学院高校時代に熊本県高校総体3000mで3連覇しています。

高校1年生から3年生まで結果を残し続けたことになりますね。

個人的には、大会新記録以上に「3連覇」という部分が印象に残ります。

一度絶好調になることはあっても、何年もコンディションを整えて結果を出し続けるのは簡単ではないからです。

会社でも一度だけ最高成績を出すより、毎年安定して数字を出し続けるほうがプレッシャーを感じたりします。

ましてや高校生なら、成長による体の変化や学校生活との両立もありますよね。

矢田みくにさんがアジア大会で転倒後もレースを立て直した姿を見ると、高校時代から積み重ねてきた経験が精神面にもつながっているように感じます。

そして高校時代の活躍は熊本県内だけでは終わらず、世界大会へとつながりました。

高校2年生でU20世界選手権日本代表に選出

矢田みくにさんは、高校2年生のときにU20世界選手権の日本代表に選ばれています。

10代で世界大会を経験していたことになります。

高校卒業後の2018年には、アジアジュニア選手権5000mで16分31秒65を記録して金メダルを獲得しました。

こうして学生時代から追ってみると、矢田みくにさんの成長には一本の線が通っています。

力合中学校で陸上競技に取り組み、ルーテル学院高校で県トップクラスへ。

高校生で日本代表となり、卒業直後にはアジアジュニア王者になりました。

その後5000m、10000m、マラソンと距離を伸ばしながら国際舞台で活躍しているわけですね。

次に気になるのは、高校卒業後に大学へ進学したのかという点です。

大学には進学せず実業団へ

矢田みくにさんは、大学には進学せず、高校卒業後の2018年にデンソーへ入社しました。

そのため、最終学歴はルーテル学院高等学校となります。

大学駅伝などを経由せず、18歳から実業団で競技を続けてきた選手なんですね。

高校卒業後すぐに社会人選手として競技に集中し、同じ年のアジアジュニア選手権5000mで優勝しています。

進学ではなく実業団を選び、その環境で結果を残したことが、その後のキャリアにつながりました。

18歳の頃を思い返すと、自分の将来をそこまで明確に決められていたかと言われると、かなり怪しいです。

「とりあえず明日の予定から考えよう」というくらいだった気がします。

高校卒業時点で競技者として次の道へ進み、世界を目指していた矢田みくにさんには芯の強さを感じますね。

続いて、検索する人が気になりやすい矢田みくにさんの年齢について整理します。

矢田みくにさんの年齢は?

矢田みくにさんは、1999年10月29日生まれで、2026年9月26日時点では26歳です。

アジア大会女子マラソンで銅メダルを獲得した時点でも26歳となります。

まだ20代ですが、競技歴を見るとなかなかのボリュームがあります。

高校2年生でU20世界選手権日本代表となり、2018年にはアジアジュニア選手権5000m優勝。

2022年には室内5000mのアジア新記録を樹立し、2025年にはアジア選手権10000mで銅メダルを獲得しました。

そして2026年には大阪国際女子マラソンで初マラソン日本最高記録を樹立し、アジア大会女子マラソンでも銅メダルを獲得しています。

こうして年表のように並べると、26歳という年齢以上に経験豊富な選手という印象を受けますね。

20代半ばといえば、仕事ではようやく一通り覚えて後輩ができ始める頃でしょうか。

矢田みくにさんの場合は、すでにトラックとマラソンの両方で国際大会を経験しています。

ここからは、生年月日や出身地についてもう少し詳しく見ていきます。

1999年10月29日生まれで26歳

矢田みくにさんは1999年10月29日生まれです。

2026年9月26日時点では26歳で、約1か月後の10月29日に27歳の誕生日を迎えます。

1999年生まれということは、2000年代に学生生活を送り、2018年に高校を卒業した世代ですね。

18歳でデンソーに入社しているため、実業団選手としてのキャリアもすでに長くなっています。

それでもマラソンに初挑戦したのは2026年です。

トラックで長く経験を積んでから新しい種目へ挑戦し、初戦で2時間20分を切ったところがおもしろいですね。

「若手だから経験が浅い」と単純には言えない選手だと感じます。

では、矢田みくにさんはどこで陸上人生をスタートさせたのでしょうか。

熊本県熊本市出身で中学時代から陸上一筋

矢田みくにさんは熊本県熊本市出身です。

熊本市立力合中学校、ルーテル学院高校で陸上競技部に所属し、その後は実業団へ進みました。

中学から高校、実業団と競技を続けているため、長距離競技との付き合いは10年以上になります。

2026年のアジア大会では地元熊本ではなく愛知・名古屋での開催でしたが、日本代表として表彰台に立ちました。

学生時代の県大会から始まり、やがてアジア大会のメダリストになる。

こういう経歴を順番に追うと、結果だけを見るより応援したくなりますね。

特にアジア大会では順調なレースではなく、転倒というトラブルまで経験しています。

それでも銅メダルを持ち帰ったところに、長年の競技経験が表れているように感じました。

そして、矢田みくにさんについてもう一つ検索されやすいのが「勤務先はどこ?」という疑問です。

続いて現在の勤務先と、以前所属していたデンソーについて整理します。

矢田みくにさんの勤務先はどこ?

矢田みくにさんの現在の所属先は株式会社エディオンです。

高校卒業後の2018年にデンソーへ入社し、2022年に退社。

その後、2022年9月1日付でエディオンへ移籍しました。

つまり経歴を簡単に整理すると、ルーテル学院高校→デンソー→エディオンとなります。

テレビ中継などで名前の横に「エディオン」と表示されて、「家電量販店のエディオン?」と思った人もいるかもしれません。

現在はエディオン女子陸上競技部の選手として競技を続けています。

会社員として働いていると「勤務先」という言葉からデスクワークを想像してしまいますが、実業団選手の場合は競技活動が大きな割合を占めます。

所属企業のサポートを受けながらトレーニングや大会に取り組み、日本代表まで目指しているわけですね。

ここからは現在のエディオン、以前所属していたデンソーについて順番に見ていきます。

現在の所属先はエディオン

矢田みくにさんは、2022年9月1日からエディオンに所属しています。

エディオンへ移籍してからも5000mや10000mを中心に競技を続け、その後マラソンへ活躍の場を広げました。

2025年にはアジア選手権10000mで銅メダルを獲得。

さらに東京世界陸上の10000mにも出場しています。

2026年1月には大阪国際女子マラソンへ挑戦し、初マラソン日本最高記録となる2時間19分57秒をマークしました。

そして同年9月には、アジア大会女子マラソンで銅メダルを獲得しています。

こうして結果を並べると、エディオン移籍後にトラックだけでなくマラソンまで競技の幅を広げたことが分かりますね。

所属先を変えたあとにこれだけ大きな結果が続いている点も、矢田みくにさんの経歴で注目したいところです。

では、エディオンの前はどこに所属していたのでしょうか。

以前の勤務先はデンソー

矢田みくにさんの以前の所属先はデンソーです。

2018年にルーテル学院高校を卒業するとデンソーへ入社し、デンソーフリートセローズで競技を続けました。

デンソー時代の2018年にはアジアジュニア選手権5000mで優勝。

2022年には室内5000mで15分23秒87を記録し、室内アジア新記録を樹立しました。

高校を卒業してすぐ入ったデンソーで、国内だけでなくアジアレベルの実績を積み上げていたことになります。

最初の勤務先は、社会人としても競技者としても思い入れが残りやすい場所ではないでしょうか。

入社直後から海外大会で結果を出し、約4年間競技を続けたことを考えると、デンソー時代も現在につながる重要な期間だったことが分かります。

その後、2022年に大きな転機を迎えます。

デンソーからエディオンへ移籍した時期は?

矢田みくにさんは2022年5月31日付でデンソーを退社し、2022年9月1日付でエディオンへ移籍しました。

今回確認できた情報では、移籍した具体的な理由については明らかになっていません。

競技環境や本人の考えなどを想像することはできますが、本人や所属先から確認できない理由を事実のように書くことは避けたいですね。

確かなのは、エディオン移籍後も競技を続け、10000mの世界大会出場からマラソンでの日本最高記録、アジア大会銅メダルへと活躍を広げたことです。

転職経験があると、新しい職場に慣れるだけでも地味にエネルギーを使います。

人の名前、仕事の進め方、ランチをどこで買うかまで全部リセットです。

矢田みくにさんの場合も単純な会社員の転職とは比較できませんが、新しい環境で結果を積み上げたところには適応力の高さを感じます。

力合中学校、ルーテル学院高校、デンソー、エディオンと経歴を追っていくと、アジア大会の銅メダルだけでは見えてこなかった矢田みくにさんの歩みが分かってきますね。

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